「山の郵便配達」

 

山の郵便配達 [DVD]

山の郵便配達 [DVD]

  • 発売日: 2002/05/24
  • メディア: DVD
 

 私の場合、決していわゆる「映画ファン」ではないので、ある映画を観る場合には必ず明確な動機付けがあるんですよね。
一番多いのは俳優で選ぶ、ってやつです。次に多いのが監督で選ぶ、ってやつで、その次は内容(ネタになっているものに対する個人的興味)。
話題だから一応見ておこう、ってな気持ちってのは私にはない。そりゃもうガンコなほどに(笑)。
この映画は普通だったら、これらどの動機付けにも属さないものなので、私は絶対に観ないタイプの映画なんですよね。
観ようと思った動機は「藍宇」のリュウ・イェが出ている、ということだけでした。(ちなみに「藍宇」を観ようと思った動機はネタが同性愛だったからです。)
「藍宇」ではリュウ・イェに魅力を感じなかったのですが、どこかにあのかわいい笑顔が印象的に残っていたのかも。で、この映画を観るに至った…って前置きなのに話、長いね(笑)。
(付け足しのように言いますが、いまだに別にリュウ・イェのファンってわけでもないよ。)


どうせ地味で淡々とした映画なんだろうと思ってたし、別に特に期待はしていなかったのですが、フタあけてみてびっくり。
この映画、ものすごく「ワタシ好み」だったのです。
でも、映像とか、脚本とか、俳優さんの演技とかが良かったというのではないの(あ、もちろんそれも素晴らしく良いのですが)、それ以上に私は別の部分に惹かれたのです。つまり「映画として」良かったかどうかってこと以上に、個人的に、すごく大きな部分でハゲシク賛同してしまうものがありました。
端的に言うと、この映画を作った人間の価値観への賛同、です。


モノを作る人間にはいろいろなタイプの人がいますが、その出来上がったモノにはその人の価値観というのが必ず表現されてるわけですよね。
「人生、厳しいな」って感じている人はそういうモノを作るし、「人より自分がカワイイ」って思ってるとどう隠してもそういうのが出てくるし。
Aという事象を与えられたときに、登場人物がどう感じるか?Bと感じるか?Cと感じるか?ってのも千差万別なわけですよ。
で、例えば映画なんか観ても、私はそういう微かな価値観の合致や相違をあらゆる場面で感じ取ってゆくわけですわ。
「ココはいいけど、ココが理解できない」とかさ。
これは誰でもそうだと思いますが。でもってそういう議論をするのもまた映画を見る楽しみでもあるのだと思うわけです。

でも、この映画ってそれがない。
つまり完全に私の価値観に合致しちゃってて、齟齬がほとんどない。
だから、どこが悪いのかわかんない。それ以前にあたりまえに「良すぎて」あえて何事かを言う気にならない。ハゲシク満足(笑)。
つーことで、ココから以下の意見はあくまでも私の独断的意見ですので、「違う」と誰かに思われても当然だと思ってます。念のため。

私にはね、この作家さん(原作のポン・ヂェンミンか、監督のフォ・ジェンチイかわかんないですが)は、本能的に人生の素晴らしさを知っていると思えるんですよ。
幸せを知る人。
もうね、発想が全てそうなのね。人間存在の大いなる肯定。しかもそれが陰の部分からの肯定ではなくて、陽の部分からの肯定なんですよ。
えーと、ちょっと説明してみる(ワケわかんなかったらごめんなさい)。
例えばね、「ツライ山道を越える仕事を一生懸命やる人」がいる。
それを語るとき、

「ツライ/山道/を越える/仕事/を一生懸命やる/人」

ってファクターをわけた場合に「ツライ」を中心線にもって来て語るってのは私はちょっとニガテなのだわ。
みんなツライけど人間、生きるのだ・・・みたいな(これが「影の部分からの肯定」)。
で、「山道」を中心に描くのもちょっと合わない。(これは「感情の自然への転化=癒し」かな?)」
でもって「一生懸命」(=人間、頑張ることが大事!)を描くのはもっとイヤ(笑)。
で、この映画はというと一貫して「人」を描いてる。
そこにただある、「人」。で、その「人」は純粋に善人なんですよ。
善がただ、そこに存在している。花のように。
その花は小さくもなく大きくもなく、当然のようにそこにあり、ごく自然の美しさでもってきれいに咲いている。あたりまえに「だって人間ってきれいなんだもん」、っていう有無を言わせないイキオイで(笑)。
でも、もしかしてこのきれいな花が無残にも最後には踏みにじられるって話なのかなぁーもしかして…って、すごく緊張しながら、そうだったらイヤだなーと思いながら見てたらそうではなく(笑)。最後まで麗しい人間賛歌に彩られていたので、大満足でした。

この映画では人生の様々なことが描かれているけど、どれも本当に地に足の着いた人間性善説に基づいて解釈されているんですよね。
そう描く作者の心意気がワタシは大好き。
きっと嫌いな人もいるだろうと思うけどね。
現実ってそんなもんじゃないよ、って。人間には醜い感情だってあるんだよ、キレイ事ばかり言ってちゃ駄目だ、と。どんなに父親が頑張ったって、息子に真意が通じない例なんてザラにある、とかさ(笑)。
でも、そもそもそういう否定的発想をすること自体がアタシはイヤなんだよ。
まー、その「キレイ事を言う」ってのが要するにアタシのシュミだ、と。そういうことです、結論をいえば。
でも、それは、ある部分では「きっとそうだろうな(世の中醜いよな)」って思っている自分への悲しみでもあります。
そうじゃないと信じたい。そうじゃないと信じてる人の言葉を聞きたい。そういうことかも。
現実とは違う理想(でも、現実としてきっと成り立つ理想)を真面目に描いちゃってるモノ(映画でも小説でも)が好きな理由は、そこにあるのだと思う。
だからワタシは涙が出るほど山田洋次の映画が好きなんですよ。

人生の楽しみ、ってなんですか?生きる意味ってなんですか?って答えが、この映画にはふんだんに、的確に、ごく自然に、あるように思えるんですが、どうかなぁ?
そしてそれは、誇りを持つこと。責任を持つこと。人を愛すること。って、教えてくれてる。
お父さんの人生そのものによって、それは珠玉の教えとして無言で語られているのです。