今年の総括

毎年、漢字検定協会の発表する「今年をあらわす漢字」ってのがありますが、(ちなみに今年は「帰」でしたね)アタシが個人的な観点でそれにならうとこの一年はどんな漢字になるかな?と考えてみたら、迷いなく「捨」だと思い至りました。
今年は3っつも自サイトを閉じましたし、モノも大量に捨てたし、ココ何年かの価値観も、伸ばし続けた髪も、傷んだ家具も、古い日記帳も…ありったけのものを捨てましたねぇ。
基本的に私は捨てることが好きな人間で…というか、身の回りをシンプルにしておかないと収拾がつかなくなってパニクるタイプなのですが、それでも今年の「捨てっぷり」は豪快だった。
その中でもやっぱ「花花」を閉じたのは大きかったですね。
あれはまさしく私なりの「卒業」でして…。個人的に熱く過ごした一時代の終焉、ってのを感じずにはいられませんでした。ちょっと言葉では言えないほどの深い思いがあります。たぶん、私は誰よりもあのサイトを愛していた自負があるので。

けれども、「捨てる」という行為の裏側には何かを得る、という感覚があるのもまた事実です。今年はいつもの年よりも、ちょっと意識の上で成長したかな?とも思ってんの。
捨てて行く中で、見えてくるものは思いのほか多い。どんどんシンプルになってゆくと、自分にとって本当に大切なものがはっきりと見えてくる。それはある意味、新たに自己発見をすることかもしれないなーなんても思うのです。
今年は、いろんなしがらみや人間関係もわりと捨ててきたのですが、そのせいで自分自身と向き合う時間も増えました。孤独を感じる時間も増えたわけだけど、どこか暖かく、懐かしく、静かな時間に帰ることができたような気もします。ん?「帰る」?…そっかぁ、ある意味私も「帰」の年だったのかもなぁ。今はさしずめ祭りの後の気分なのでしょう。


「すべてのものには時があり、天の下のすべてのことには季節がある。」
(伝道の書三章一節)


次のお祭りはいつだろう?
次のお祭りまでに、私はもうちょっと綺麗な花火が揚げられるようになってるだろか?
お祭りはいつまでも続かないから楽しいのですよね。必ず終わりが来る。でも、季節が巡ればまたそんな日々もやってくるかもしれないしね。そのことをどこか楽しみにしていたいし、また、お祭りでない日々を過ごすことを怖がらないようにしたい。

それが、このごろの思いです。

来年は自分にとってどんな年になるのか、ちょっと予想がつかないなぁ。
ってか、今までは要するに継続してゆくものが気持ちの上で常にあったから、たいてい晦日に来年の予想がかなりできたんですけど(←要するに「基本的に何事もなければ同じような年だろうな」、っていうだけのことですが)、今年ばかりは未知数、って感じ。だからちょっとワクワクもしてる。
私なりの壮大な目標もあるんだけど(笑)、それは誰にも秘密。
小さな「やってみたいこと」も山のようにある。もちろんこのサイトでも、いろんなことをやってみたいし。
私がファンサイトとしてではなくこのサイトを作り始めた頃から、ここは私自身の監視役のような役割を持つようになってきました。それはちょっと息苦しいことでもあるけどそれ以上に有意義なことで、私はここで書くいくばくかの文章の為に恥ずかしくないように(!)と以前より注意深くなり、「とりあえず億劫がらずに調べ物をする」という日々を過ごせるようになり、一歩立ち止まっては考えることが多くなりました。
それはちょっとした収穫でした。楽しかった。
これからも「自分で楽しいこと」を第一に、マイペースでやってゆきますので、どうかよろしくね。

てなわけで。
みなさま、良いお年を。


__________僕はただ歩き続ければよいのだ。歩き続けることによって、僕自身をあとに残してきたことを知り、もはや自分がかつての自分でないことを知るのだ。____________
(「ムーン・パレス」ポール・オースター