哀悼。美しき星の消滅に

今夜はあまり眠れそうにないので、気持ちを整理するために、この哀しいできごとについて少し書きます。
私の気持ちを落ち着けるためだけに綴る文章です。そのことをご了承ください。


<<香港を代表する映画俳優のレスリー・チャン(張国栄)さん(46)が1日午後6時40分ごろ、香港・セントラル地区にある高級ホテル「マンダリン・オリエンタル」から転落し、死亡した。テレビ報道によると、レスリーさんは「精神的に疲れた」とする遺書を残しており、警察は自殺とみて調べている。(毎日新聞)>>

まさに「呆然」としか言いようのない悲劇のニュースを知ったのは、エイプリルフール。
あくどいウソをつく人がいるもんだなぁ...レスリの有名税もここまできたか、と思ったのに、それはウソではなくて本当のことだった。
それが事実とわかったとき、私の頭はパニックに陥った。
事実とわかったのにも関わらず、「ウソでしょう?...ウソでしょう?...」という言葉だけがぐるぐる回った。
動悸がして、涙が出てきた。
汗でびっしょりになりながら、その確かなことを載せているニュースを探し続け、やがてポッカリとした空疎な気分に落ちていった。

もう、いないんだ…

でも、そのことにまだ実感が湧かない。
前にレスリーが死んでしまう小説を書いたことがあったけど、そんなフィクション以上にウソっぽかった。
「レスリは不死身だ」と言っていたレスリ迷の友人の言葉を思い出した。
歳をとるごとにどんどん若くなるレスリーを見ていると、それもあながち間違いじゃないような気さえしたのに。
そんなレスリーがこうもあっけなくいなくなってしまうなんて。「ウソみたい」としか言いようがないじゃないの…

レスリーの存在は、もともと「ウソみたい」なところがあった。
あのオーラ。
そこにいるだけでスターの輝きを誰にでも感じさせるカリスマ性。
謎めいた私生活。
ストイックな仕事人としての完璧さ。
そして、その遠さ。
そう…レスリーは遠かった。
私はその遠さゆえに、レスリーを「人間の、しかも男性として」は、あまり認識していなかったくらいだった。私の中でのレスリーは、だから「現象」と言う方が近いかもしれない。
でもその「現象」はそのまま「中華明星」という言葉に置き換えてもいいくらいの強烈な包容力があった。
本当に、大きな存在だった。

香港明星の、いや中華明星の天空には、いつだってひときわ明るい星のようにレスリーがいた。
それは当たり前のように輝き、この天空に不案内な人は、まずその星を目印にしたほどだ。
そんな独特の位置に、レスリーはいた。
なくてはならない人だった。
レスリーがいたからこそ、私達は中華明星の世界に座標をもつことができたし、彼はこの世界のシンボルだった。軸、だった。軸がぶれると、全体が崩れる。
そんな存在だった。

私もご多分に漏れず、この世界へはレスリーによって導かれた。
最初に買った生ジャもレスリーのものだった。ハワイのチャイナタウンで買った。
この時、アメリカの果ての南の島で、私はレスリーのことばかり考えていた。
旅行に出るほんの2週間ほど前に、私は「チャイニーズ・ゴースト・ストーリー」を見てレスリーを知り、そのあまりの可愛らしさに夢中になってしまった。
それまではアメリカの俳優に夢中だったのに、初めて中華明星を知って、のめり込んだ。それからは怒涛のようにレスリーの出演映画を観る毎日。
ハワイに行ったのはそんなタイミングだった。こんなことなら香港に行けばよかった、と思いながら足が棒になるまでチャイナタウンを歩き回った。

チャイナタウンのその店では、シンガポール製海賊版テープ「FINAL ENCOUNTER」も買った。
雑誌も。
「蛍幕偶像」という雑誌があることを初めて知ったのはこの時だった。
その店にはバックナンバーが何冊もあって…若いレスリーの載ってるものを狂喜乱舞しながら2冊選んで、買った。小型の、ポスターみたいなのも買った。
それが私の手に入れた初めての「明星グッズ」でした。
今ではみんな友人にあげてしまって手元には何一つ残っていません。
でも、あれを買ったときのトキメキは一生忘れない。そう、一生。
あの小さな店に漂っていたジャスミン茶の香りと共に、永遠に胸の中にある。

中華明星迷となった私の全ては、ここから始まったのです。
たくさんの人たちと同じように、レスリーから。
ハワイから帰ったすぐその足で、私は「悲情城市」を見て梁朝偉に入れ込んでしまったのですが(汗)…たった2週間の、でも、その後のエポックな季節を迎えるための強烈な「洗礼」は、まぎれもなくレスリーが授けてくれたのです。

私自身はレスリ迷ではなかったけれど、レスリーは大好きだったし、それ以上にレスリーに夢中になっている友人たちの話を聞くのが、大好きでした。
彼女達はレスリーを敬愛したり、恋をしたり、崇拝したりしながら、恍惚として麗しい時間を過ごしているのを教えてくれた。
ときにはそれが苦しみに変わることもあれど、それさえ名誉の傷として、またすっくりと瞳を上げて、ひときわ輝く星を見つめ続ける彼女たちを、私は何度も羨ましく思ったものです。

私は、明星を好きになっても決して彼らを星とは思えず、自分に引き寄せてしかとらえられなかった。私には星がなかった。
だから、星を眺める心を持つ人を心底羨ましいと思えたんですよ。

でも、今、私は彼女たちを案じてます。
砕けた星そのものではなく、なによりもその星を見続けた彼女達が今一番の気懸りです。
レスリーの死を確かなものと知ったとき、一番に思い浮かんだのはレスリー迷の友人達の顔でした。
その気持ちを想像するだに痛ましく、悲しく、気の毒で…
でも。自らを砕いてしまった孤高の星の、その想いを受け止められる人がもしいるとすれば、きっと、こうしてずっと星を見つめ続けてきたレスリ迷の方たちなのだと思うのです。
あまりにも哀しいこのできごとで、レスリ迷の方たちからは一時的に、一切の言葉が無くなってしまうかもしれません。そうなってしまうのは無理からぬものと思う。
それでも私は願っています。
レスリーを全身全霊で愛する迷の人たちが、いつかまた、あの星に寄せる想いを今までみたいに熱を込めて語って聞かせてくれることを。
星を知らない私に、星の話を聞かせてくれることを。
願っていますよ。頼みます。

人の死は果てしなく悲しいことです。
でも、「自死」は神に逆らってまでも自我を通す行為なわけでしょう?それだけの激しい自我を最後まで抱いていたことは、あの星らしかったんじゃないかとも思います。
あの星は弱く悲しい存在なのか?
それとも呆れ返るほどに強い自我をもてあました女王様だったのか?
どうしても私は後者だと信じたい。そうではないかもしれないけれどそう信じていたい。
死に関して、それは微かな救いのようにも感じるから、かな。不謹慎かもしれませんが。
ずっと、もしかして彼は砕けてしまいたかったのかもしれない。
だからあんなにも綺麗だったのかもしれない。
そんなことさえ思います。

このできごとは、私にとって本当に一時代の終焉となりました。
私はすでに中華明星の世界からずいぶん離れてしまったけれど、これで完全に一つの時代が終わってしまったような気がします。
「あの時代は良かったねー」と…そう語れるはずの時代が、こんな衝撃的な幕とともに一生記憶されることになろうとは。
これで私は永遠に、自分がかつてここにいたことを忘れられなくなりました。
レスリーがいて、偉仔がいて、「四大天王」がいて…アニタ・ユンが愛らしく微笑み、フェイ・ウォンがツン、と上を向いていた愛すべき時代。
それは、私の第2の青春でした。
レスリーがいなければ、知らなかった世界です。
こうしてネットをやっているのも、話し合える友人がいるのも、元を正せば全てそう。
私はレスリーに大きなものをもらいました。何にも換えがたいものを。

レスリー、ありがとう。
本当に、ありがとう。

どうか安らかに眠ってください。