「中原中也ー盲目の秋」

 

中原中也―盲目の秋

中原中也―盲目の秋

 

 青木健・著(河出書房新社
独身時代までの中原中也の詩作、生活、人間関係を掘り起こした評伝。
「できごと」的な事柄に始終せず、中也の内面まで見えてくるような作者の筆力についつい惹き込まれます。天才の人生がリアルに見えてくる。楽しい。
私の抱く中也のイメージは、「果てしなく孤独な魂の持ち主」と「芸術の翼を与えられた果報者」という2つの像なんですが、一見相反するようなこの2つのイメージってきっとセットなんだろなーと思う。
中也の孤独は(子供の死などの不幸からくる絶望感を除いて)こと対人関係においては、自ら選んだものなのかもと、この本を読んで更に感じました。選んだわけだから孤独を拗ねてない。ウリにもしてない。もしかしたら本人自身も気づいてないのかもしれない。でも、基幹にあるそれは作品ににじむ。
そこが、中也の詩が哀しくても貧乏臭くなく、乾いているゆえんだと思いました。

ある時期、中也は毎日たった一人で有閑の傍観者として一日中東京の街角を歩き続けていたそうなのですが、そんな行動の中の中也の心持ちなどを思うと、何かものすごく自分に近いものを感じたりもします。
ああ、だから中也の詩はスーッと心に染み入るのだなぁと思ったり。
って、不遜だなー(^^;)まーそれ(←共感)が文学の楽しみでもあるわけだけど。
中也の詩が好きな理由の一つに、「どんなに心情吐露であってもその詩は芸術としての構造を誇り高く持っている」というのがあります。
直截でない、っていうか。「芸術家として」言葉を使ってるというか。
ま、そういう意味で「そのレトリックは詩じゃないじゃん」と思われる「詩人さん」も数多くいるわけですが。
詩の定義って難しいけど、たぶん構造の問題だと思うんですよ。
主張や心情や風景が伝わればいいって問題ではないと思うの。(だからロマであればあるだけ詩的だ、というのはマチガイだと思う。)伝え方の構造自体の問題なんではないかと。それって言葉やリズムや構成や、そういう具体的なことです。