「小さな中国のお針子」

 

小さな中国のお針子 [DVD]

小さな中国のお針子 [DVD]

  • 発売日: 2003/11/07
  • メディア: DVD
 

 ダイ・シージェ監督が自ら(フランス語で)原作を書き、フランスで大ベストセラーとなった小説の映画です。1970年代の文革時代の下放青年の物語。
原題は「バルザック小さな中国のお針子」。

文化大革命の時代、都市の「反革命分子」であるブルジョワ階級に属する青少年を、山奥の貧農地域へと送り込む「下放」と言う政策があったのですが、この物語の主人公であるマー(リュウ・イェ)とルオ(チュン・コン)も、そんな立場で四川省の山奥の小さな村へとやってきた二人の青年です。
村の人々は、本当に文明から取り残されたような人達で、文字も誰一人読めないし、バイオリンを見ても、それがなんだかもわからないほど。
そんな貧農階層の彼らに下放青年達は「毛主席の指導に従って」ビシビシと鍛えられる。肉体労働をさせられるんですな。そして、ブルジョワ的思想を根底から捨て去るように「再教育」させられる(当の青年達は再教育させられてるフリをする)。
そんな日々の中で、二人は美しい一人の娘と出会うのです。
娘は仕立て屋の孫娘であるお針子(周迅)。文盲で、訛りもひどいけれど、好奇心に満ちた綺麗な瞳を持つその娘に、青年二人は同じ下放青年から盗んで手に入れた禁書である西洋の小説を話して聞かせるようになるのです。「彼女を無知から救うのだ!」という理想と、恋に急かされる様に、バルザックフローベールやデュマを読んで聞かせる。
やがて、バルザックの話に感化された仕立て屋の娘は変ってゆく…というストーリー。

人間にとって「感情」とは自然なままであるものだけれど、「観念」というものは文明がなければ生まれない…というような台詞があるんですが、まさに知の及ぼす力と可能性を思うお話ですね。観念は人を変えることができる。
知とは力なり。と感じる。

映画が公開された時、主演の周迅とリュウ・イェが大好きなのでとても観に行きたかったんですが機を逸しまして(哀)。今になってやっとDVDで見ることができました。
原作は、公開前に本が出たときに読んでいて(何といっても原作の題名「バルザック小さな中国のお針子」がステキで)とても気に入っていた作品だったし、もうその時点で完全に役柄は周迅やリュウ・イェで読んでいたので、今回初めて映像を見ても、なんだかとても既視感があったというか(笑)、しっくり馴染めました。チュン・コンの演技は初めて見たのですけど、それももう、原作どおりで違和感ありませんでしたね。
中国人の原作、監督で、舞台も中国で(ロケ地の素晴らしさは特筆モノです!)、役者も全員中国人なのに、中共プロパガンダ臭がしないのがとてもスッキリと観られるというか…、フランス映画らしいとてもロマンティックな作りになっておりました。
それにしても、もちろんこの原作も中国では出版されてはいないし映画も上映されていないのに、当代随一の人気俳優を使ってロケなんかしてるのを見ると…中国の「建前」と「本音」が垣間見られるようです(^^;)。

3人の若者は誰も全て素晴らしかったです。
特にリュウ・イェ。やっぱりねー、リュウ・イェは巧いよ!イイ!
彼は可愛いだけの俳優じゃないっすよ絶対。すごく巧い。マーの27年後の姿も演じてるんですが、ちゃんと中年男性の動きをしているしね。トシとった時の顔はちょっと中居くん(スマップの)入っちゃってんだけど(^^;)。ああ、リュウ・イェって50になったらこんな感じかーって(笑)。
チュン・コンも、意気軒昂で「やんちゃ」な男の子を躍動的に演じてました。顔立ちがはっきりしてて、肢体がきれいな俳優さんですから、見た目も爽やかですね。
周迅はもう、何もいうことなしです。巧いし、可愛い。そして、キャラが合ってる。お針子の、ちょっと勝気そうなイケイケな部分もよく輝く瞳に現れてて。完璧。

物語は映画と小説ではちょっとラストの描き方が違っていて(結末的には同じなんですが、描き方が違う)そのせいで、映画のほうが多分にセンチメンタルな…、甘い雰囲気に終わっていました。
感傷的すぎるというか、説明過多で「ヘンに親切すぎてウェットかなぁ」ってな感じにもなっちゃったかな?それも悪くなかったけど。でも、ちょっと…原作より悲しかったです。ロマすぎで悲しい。
原作ではもうちょっとお針子の行為がユーモラスで、明るい未来が見えるような予感で終わっていたんだよね。

二人の若者、マーとルオは二人ともお針子の少女を愛しているんですけど、それぞれの愛し方は対照的なの。
ルオ(チュン・コン)は彼女を女に変えてゆく。少女に恋の炎を灯す。
マー(リュウ・イェ)は傷ついた彼女を癒す。少女に無償の愛を教える。
この二人の青年の個性の差が、とてもいいコンビネーションで描かれてんです。
ルオとお針子の奔放な交歓シーンはとても若々しくエロティックだし、わずかばかりのお金の大半をお針子に渡すマーの優しい瞳の揺らぎは青年の苦悩が混じってとても切ない。

弾け飛ぶものと、心に染み渡るもの。

ルオにとってお針子とのことはいつしか「青春の思い出」になっているのに対し、マーにとってそれは何年後も心にかかる「青春の忘れ物」になっているという、その「あきらめ方の違い」もまた可笑しく。
そしてその年月、当のお針子は遠く遠く飛び立ってしまって、もはや姿も見えないという、ね。
「男ってだらしないのね」というお針子の悪戯っぽい笑い声が聞こえてきそうなところが、なんとも心地よいのです。