出生前診断にまつわる様々な事(6)

(先日の続き)
この何ヶ月かで悩んだり学んだりした事は少なからず糧となりました。
あの出生前診断に関する一枚のパンフレットは私に様々な事を知らしめてくれた。決して愉快な気づきではなかったけれども、このことは無駄ではなかったと信じたい。
妊婦だったら誰もが立ち止まることながら、誰もこの問題に明確な結論は出せないだろうと思います。
出生前診断に対して、もやもやしたキモチが全く生まれない妊婦などいる?
きっといない。
でも、人間はどうにかして折り合いをつけてゆく。
その個々人の折り合いのつけ方はそれぞれでいいと思うし、命の選別という道を選んだ妊婦を他者が非難するようなことだってあってはいけない。人には様々な背景があるのだから。
自分の意思というものを明確に持たずに流されてしまっていい問題ではない、という事だけは言えると思います。

結局のところ、こういったことを不安に思っていても、産まれた赤ちゃんに特に何の問題も指摘されなかったりしたら、怒涛のような忙しさに紛れて、かつて悩んでいた事さえきれいさっぱりと忘れてしまうのかもしれません。
育児というのはこれまた新たな忙しさ(しかも超級の!)との戦いだし、我が子の現実と向かい合っているうちに、それ以外のことは頭によぎらなくなったりもするものだから。
結局は「他人事」なのか?とも思う。そういう感覚は、確かにある。
でも、それでいいと思うし、そうでなければいけないとも思う。人間って、自分の立つ現実に真摯に生きるだけでも精一杯だし、実際に目の前にいる子供を通り越して他所様に何かをできると思うのは錯覚でしかないからです。人は、それぞれの現実を一生懸命生きるしかないものね。
ただ、事情の違う家庭があることだけは忘れずにいたい。それはもしかして自分だったかもしれないことを、心に刻んでおかなければ。

出生前診断」は妊婦にとっての「現実問題」です。
現実から目をそらすことはできない、と思えばこそ、このことを真剣に考える時間はやはり必要だと思います。
欲を言えば、妊娠や出産と関係ない人にも知って欲しい気がする。
この件に関して、マスコミなりネットなり医療の現場での情報交換みたいなものがもっとあったら、一人で悩みを抱える妊婦さんの力になれるのになぁ、と感じるし、実は何に怯えているのかわからない…という妊婦さんのために、検査の対象になる障害の実態をきちんと知らせることだって必要でしょう。
タブーな話題だからなのか難しい問題だからなのかわからないけど、なにしろ情報不足の感は否めないので。
たとえば「たまごクラブ」みたいな読者の多い雑誌などで、もうちょっと掘り下げた情報提供があったらいいんだけどね。
いろんな体験をした読者さんのレポートなどを載せるだけでも違うかもしれないなぁーとは思う。実際の声、を聞かせて欲しい。
妊婦は、他の妊婦の話を欲している。
いろんな妊婦の、それぞれの話を聞きたい。それを参考にしたり安心したり共感したりして、心細い10ヶ月を乗り越えてゆくもんだったりするんだよね。
出生前診断」についての様々な体験を集めるのは有意義だと思う。
障害を持った子を産んだ人の体験も。
生まれてくるのは元気な赤ちゃんだけではない事も、問題を抱えた赤ちゃんを産んだ人はみんな不幸、という思い込みが間違っていることもまた、真実なのだし。
そういったある意味深刻な事実を知ることで「幸せいっぱいの妊婦さん」達が水をさされたような気分になるなんてことは決して無いと思うんですよ。

ながなが書いてきたけど、これがこの問題にまつわる今の私の想いです。
書きたいこと多いくせにまとまらず、文章が散漫になりがちでわかりにくいかもしれません。
でも、こういう検査ってのがあるんだよ…ってのだけでも、妊娠出産経験のない人にも知って欲しかったし、その検査のせいで私がグルグル試行錯誤した数ヶ月の思いも書いておきたかったのです。
愉快な話でなくて、ごめんね。
まずこの話を書いちゃわないと、ノー天気な妊婦話が書けないようにも思えたんで。
この話はここまで。