「代理母」について思うこと(1)

代理母出産で話題になったタレントの向井亜紀さんの発言とTBSの報道をめぐって、このところいろいろと論争が展開されていて興味深いので(ってか、野次馬だけども)、そのことについてちょっと私なりに思ったことなど書いてみる。
まず、ことの経緯をご存じない方のために、おおまかな流れをば。

1)TBSのニュース番組で『タレントの向井さんは7/25に行われた講演で、「産みの親より育ての親。分娩しただけの人が親と言えるでしょうか」と述べ、自分が分娩した子供だけしか実子と認めない法務省を批判しました。』と報道される。

2)視聴者から「分娩しただけの人は親とは言えない」とはなんというヒドイ言い方なのだ、と抗議殺到。

3)向井側からの反論。TBSへの抗議。
この発言は、実際の講演では、向井さんが目にした虐待を受けた女の子のエピソードを紹介した上での発言であり、TBSは文脈の前後を削って発言の趣旨を意図的に歪曲した形で報道した、と抗議。
加えて、法務省への批判も、代理母が生んだ双子の赤ちゃんを実子と認めてもらえなかったことによる抗議ではなく、プライバシー侵害行為があったことに対する抗議だったと主張。

ま、だいたいこんな流れです。
先月来、向井さんに関しては2つの大きなトラブルがあるんですよね。一つは6月の法務省による代理出産児の出生届不受理問題であり、もう一つはこのTBSの歪曲報道問題。この二つは分けて考えなくちゃいけないんだけど、ビミョーにリンクしてるのであえてごっちゃにして俯瞰してみる。

報道する側としてのTBSの不始末は今に始まった事ではないし、相変わらずしょ~もないなぁという感じで、偏向報道された向井さんには同情します。発言を歪曲報道された向井さんは被害者だし、こういうのはちゃんと抗議すべきだと思う。
でも、内容的に見たときには、ちょっとどうなんだろうなぁ?ってのが正直なトコなんだよね。今回の向井さんの主張は、TBSの切り貼り報道の仕方を割り引いて考えたとしても、「歪曲された報道であっても伝わる事は結局同じ」みたいな感じがする。(だからTBSも歪曲報道してる自覚ナシに文言をカットして報道したようにも思える。)
それは「分娩しただけで親といえるのか」という一言が、やはり大きいの。
ああ、結局すべてそこに返るのか、というね。
幼児虐待をする親を批判するときに、「分娩」なんて言葉は普通使わないし、たとえ「産むだけ産んで子供を大切にしない人よりも、産んでなくとも愛情をもって育てている人の方がはるかに親だ」ということを言いたいのなら、要点は「子供を愛すか否か」にあるわけで、産んだ産まないというところに論点はこないわけで(そんなところで議論してたらオカシイわけで)つまり、向井さんは最初から「分娩していない人間は母親と認めない」という先日出された法務省の判断を基軸に発言していることはミエミエなわけですよ。
どう言い繕っても主張したいのはその言葉どおりのことであり、法務省の下した判断に対する批判だったことは否めないように思うんですよねぇ。うがった見方をすると、全ての発言が代理母正当化へ向かってるように思えるのがミソ。
(続く)