「代理母」について思うこと(2)

(続き)
向井さんの行動や発言は全てがみんなこの「代理母正当化」へと向かっている。
そりゃそうですね。そうやって子供をもうけた人間として、その方法を「間違っている」とか、「推奨しない」とは言えないだろうし、正しいと思ったからこそできたのだろうと思うから、彼女の立場だったらそこを主張するのは当然のことといえましょう。
でも、その彼女の言動が世の中に対して「代理母って、やっぱ認めちゃマズイのかも」という意識を芽生えさせている結果になっている(らしい)のは皮肉なものです。
代理母という闇の(?)システムを白日のもとにさらす事によって、今まで見えなかったものを大衆に見せてしまったのだろうなぁ。
私も、代理母の事などよく知らなかったときは何の考えも無く「不妊の人でも自分の子供が残せる道があるんだ。それは希望があるなぁ。」くらいに思ってた。
向井さんの著書「16週」も読んで泣いた。代理母のシステムがこんな悲しい想いを抱えた女性を救える事に一筋の光を見出したような気分にもなっていた。
でも、今は違う。代理母は、そんな甘いものではないということを感じている。

代理母はどう言い繕っても臓器売買そのものなのだと、今の私は認識してます。同時に、「子供をモノ化する」という行為でもある、と。子供だけでなく産む性である女性もモノ化される。
代理母を引き受ける人間だってお金のために納得してやっているのだ、だからいいのではないか。お互い持ちつ持たれつなんだから…という意見もたまに聞くけども、だったら途上国で少女を買う日本人売春ツアー客も、子供の臓器を売り買いする闇システムも、すべて「納得ずく」だからOKってことになっちゃうよね?カネが欲しい人間と、欲望を満たしたい人間がいて、お互いが了承してやってることなんだから、ということで。
ありえないよ。そんなの許されるわけ無い。これは明らかに搾取であり、暴力です。
その「欲しいのもの」が快楽のための性だったらダメだけど、我が子を救うためとか子供に恵まれない家庭における子供の存在とかだったら「美談」ってこたーないと思う。
人間をモノとして売り買いするこれらの行為は、たとえどんな理由があろうとも許されない事だし、そこには人間としての倫理など微塵もない。
そりゃもう、「子供が欲しい」とか「子宮がない」とか、そういう個々人の事情を超えた絶対的なタブーがあるような気がするんですが。


(続く)