ロシアの意匠

4泊5日の視察旅行でウラジオストクハバロフスクに行っていた旦那が、昨夜帰ってきました。
旦那とは滅多に離れてる事がないもんだから、この5日間、ものすごく心細くて恋しくてメソメソショボショボしとりました。
しかも昨日はものすっっごいショックなことがあって、半日くらい言葉も出ないわ涙ばかりポロポロでるわで往生していたので、本当に無事に帰ってきてくれてホッとした。
あー。力抜けた。疲れがドッと出た。

ちなみにこの「ものすっっごいショックなこと」とは、私と娘が横断中の道路に信号無視の暴走車があらぬ方向(みごとに死角)から突っ込んできて、すぐ脇を掠めていった…っつー出来事です。あとほんの数センチで見事にはねられていた…っつー前代未聞の恐怖体験。暴走車は私たちの姿など全く見ちゃいませんでした。
これ…冗談じゃなく、本当に怖かった!
ショックで足がすくんだ娘の顔が蒼白になってるのを見て、気が遠くなりましたよ。あんなに紙のように真っ白な顔、見たことない。
私はその場でへなへな座り込んでわあわあ泣いてしまった。
でも、その私の尋常じゃない様子が、娘の恐怖を少し吹き飛ばしたみたい。ガタガタ震えている私(とお腹のべべ)を守るのは自分だ、と思ったのかも。
「しっかりして!警察に言おう。車の特徴はちゃんと覚えてるから。」とか言って、やたら気丈なの。
すごく頼もしかったなぁ。ダメなママを持つと、娘もしっかりするね(^^;)。

横断歩道を渡るのがいつものペースだったら絶対に私たちは死んでました。
渡る前、お腹がちょっと重いような気がして、ほんの1、2秒、歩き出すのがスローだったんだよね(これは意識してたからちゃんとおぼえてる)。その何秒かが、運命というものなのかも、と思ったら…なんかもう、ただただ神様に助けてもらった気がして、よけいメソメソしていました。だってあまりにもそれはすごい、ありえない事だと思えたから。
どんなに敬虔な信仰心を持っていても、この数秒の采配を期待する事はできないんじゃないか…「運」というものに理由はない、と思えるほどそれは一瞬のことだと感じたのです。誰も気づかないくらいの。それを(神様に)気づいてもらえたのは、まさに稀有な事なのだと。
生死の境なんて1、2秒にすぎない。
たった数秒の「向こう側」を想像したら、私は一生分の運を昨日使い果たしたのかも…なんて感じましたよ。
あの1、2秒をくれた見えない存在に、私は人生をかけて報いねば…なんてなことも思ったり。それがどういうことかはわからねど。

てわけで、話は元に戻りますが。
ウラジオストクのお土産に「ロシアアバンギャルドのデザインがあるものだったら何だって欲しいよー」とリクエストしてた私(@ロシアアバンギャルド好き)に、旦那はキレイなピンズを大量に買ってきてくれました。

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細かくて粗悪な製品なんだけど、さすがにデザインはめっちゃ素敵なの(写真はごく一部)!
見てて飽きません。
それと、美術館の絵画カード(ポストカードではない。図録の代わり?)、象牙の小物入れや、焼き物の小さなお人形etc。ロシアはこういった小さなモノたちの意匠がどれもセンスがいい。それはもう、スジガネ入りの貫禄があるんだよ。
キャビアや蟹缶より、こういう小物が嬉しい(*^-^*)。
でも、何よりも旦那が家にいる事が嬉しい。ホントにもーこれだけでいいよ。はぁー。