同じ空の下。

10年前、まだ首の据わらない生まれたばかりの娘とともに過ごす穏やかな部屋のTV画面の中に映されていたものは、阪神大震災による被災地の凄惨な光景でした。
倒壊したビル、断絶した道路、燃える街…。
私は生まれたばかりの柔らかな命を抱きしめながら、災害の犠牲になって消えていったたくさんの命に呆然としていた。
こんなにあっけなく、人は死んでゆくのだろうか。
こんなに大変な思いをして生まれてくる命なのに?…と。
私の部屋から見えていたのは、静かに晴れわたった平和そのものの冬の日の青空だった。
「ここはこんなに静かなのに。」
その時の正直な気持ちはそんなだった。
現実感が無い。
同じ日本の中にあって、その事実が信じられない。
その場にいない人間にリアリティなどもちようがない。ましてやあそこまでの災害に対しては。
TV報道というのは物事の距離感を掴みにくくする。と、その時感じました。
「現実」を間違えてしまいそうになりながら、それでも私はずっとTVから目が離せなかった。あっちも、こっちも、現実なのだ。という、そのことをちゃんと把握するために。
あの時と同じように、新生児のいる暖かな部屋で私はまた同じことをしている。

同じ日本にいながら、今この時にも恐怖と寒さに震えている人たちや、家族を失ったり家を失ったりして絶望の淵にいる人たちがいると思うと、ショックです。
健常な人だって大変なのに、身重の人や病人や赤ちゃんを抱えた人はどんなに大変なことか。想像すると胸が痛みます。
丸一日何も食べていないという罹災者の方が大勢いるなんてのも、ちょっと信じられません。
ここ、日本だよ?
どんな危機管理してんの。ありえないくらい対応が遅い。
天災はどうしようもないものなのかもしれないけれど、せめて人災だけは起こさないで欲しいですね。
日本はそもそも地震列島なのだから、もうちょっと災害時のマニュアルというか迅速な対応が取れるようなシステムができててもいいんじゃないのかと思いますが。喉元過ぎると熱さを忘れちゃうんでしょうか?

どうかこれ以上被害が拡大しませんように。
そして、被災地の方々が辛い思いから一刻も早く解放されますように心よりお祈りします。

今日のニュースでこんな記事↓を読みました。

新潟中越地震上越新幹線 幸運重なり、惨事を回避 

昨日、災害地入りして新幹線の脱線現場を視察した村田防災担当相が、コメントで「(新幹線が人身事故を起こさなかったのは)奇跡だ。」と言ってるのを聞いて、実はちょっと腹が立ってたんですよ。
新幹線が無事故だったのは奇跡頼みなんかじゃなくて、技術の結晶であって、プライドをかけて無事故でいることを死守してるんだろうに、それを安易に運不運でくくるなんて、技術者を馬鹿にしてる、と思って。
でも、確かにこの件に関しては「奇跡」といえる部分もあったようです。
んーそれでもやっぱり奇跡だといってしまう防災担当相はバカ正直すぎ、かも。