美しくて悲しい歌を

私は自分自身、とてもセンチメンタルな人間だ、と思うことがよくあります。
センチメンタルな私は短歌が好きで、歌集を読んでは泣き暮れます。
泣くのは悲しいからではなく、つらいからでもなく、ただただ言葉を媒介にしたセンチメンタルな気分に酔ってるゆえなので、泣くことに満足している(=気持ちがいいと思っている)わけ。
センチメンタルな自分は、本当の悲しみの存在から目を逸らせるような気がして、気に入ってます。


私の好きな歌人の一人、道浦母都子さんの「歌日記 花眼の記」を読みました。

歌日記 花眼の記

歌日記 花眼の記

 

 この本は歌集+随筆という形になっているせいか、どこか弱気な感じがします。
歌だけで終わらずに、随筆が付くと、書いてあること以上にものすごく内面を吐露しているような感じになりますね。
そのせいか、道浦さんが歌人として、ちょっとツライ状態にあるのでは?という感じを受けました。心なしか歌そのものも、つらそうな内容のものが多い気がしたし…やっぱ随筆にそのようなことが書いてあるからそう思うのかもしれません。どうしても「ああ、こういうことがあったからこういう歌なのね」という…随筆が「主」で歌が「従」、という感じがしました。
「無援の抒情」「風の婚」「夕駅」など、道浦さんの作品集には今まで好きなものがいろいろありますが、思うのは「歳を重ねてきているなぁ」ということです(良い意味で、です)。
それでも今でも一番最初の「無援の抒情」が私は一番好きです。

無援の抒情 (岩波現代文庫)

無援の抒情 (岩波現代文庫)

 

 私が最初に読んで感動した道浦さんの歌は、この歌集に入っている全共闘時代の学生を歌った歌でした。
政治と青春と恋と。すごく熱くて、すごくエロティックで、めちゃめちゃ手ごたえのある歌。
私が、知りたい、と思う時代の「匂い」が、息苦しいほどに満ちていました。
たとえばこんな歌。


ガス弾の匂い残れる黒髪を洗い梳かして君に逢いにゆく


もう、ガツン!とキましたね。
忘れられない情感(エロ、ともいう)を私に与えてくれました。
それからしばらくは道浦さんのことは「学生運動の歌を詠む人」という認識でした。
道浦さんは歳を重ねるごとに、歳相応の(?)歌を詠うようになってゆくような気がしますが、その変化もまたとても自然で、共感できるところです。
同じ「死」という言葉(イメージ)でも、「無援の抒情」ではロマンティックな観念であるのに対し、「花眼の記」では悲しい喪失となっている、とか。あ、そういう変化は私も同じ、なんて思ったりすることができる。
道浦さんほど、年齢がそのまま歌に出る人っていないんじゃないかなぁ。それだけ自身の「今」を真摯に見つめてらっしゃるということなんでしょう。
その分、読んでいて切実過ぎて身につまされたり落ち込んだりもするんですけどね(笑)。センチメンタルな気分になるにはそれでいいんだと思います。
歌で、とっても寂しい気持ちになっておく。寂しさの予習です。
臆病な私には、そんな時間が必要な気がします。
あ!そうだ。道浦さんの全歌集というのが今度出版されたのです。(道浦母都子全歌集 (全一巻・二分冊)河出書房新社
私はまだ手にとって見ておりませんが、これ一冊あれば、深い抒情の世界に心を遊ばせることがきっとできます。

道浦母都子全歌集 (全一巻・二分冊)

道浦母都子全歌集 (全一巻・二分冊)